2008-07-22

ハードボイルドにおける恋愛

レイモンド・チャンドラー著作「さらば愛しき女よ」はハードボイルド作品には珍しい恋愛小説です。皮肉屋の評論家に「ハーレークインロマンス」と陰口をたたかれているくらいです。

チャンドラーの長編作品には女性や子供に優しく情に厚い、長身で颯爽としたダンディな私立探偵フィリップ・マーロウが登場します。彼が28歳ジャーナリストの賢くて笑顔が素敵なアン・リオーダンに恋をするのです。フィリップは今関わっている事件が麻 薬やカジノをとりしきる暗黒街のボスと繋がっているのを知り、フィリップの所為でその危害がアンに及ばないようにアンの好意に気がつかないふりをします。
ある日、フィリップはボスの手下に拉致されて、監禁されて、この事件から手を引くように暴力で脅されます。やっとの思いで監禁から逃れたフィリップは、事 件に関わらないように避けていたはずのアンの家を訪ねます。アンは身も心もぼろぼろになってやってきたフィリップを黙って受け入れ、当然のように看病しま す。アンは2年前に亡くなった両親の部屋をフィリップがいつ来てもいいように改装していたのです。フィリップの身体の傷や心の傷を癒している間も、アンはフィリップに何があったのかを尋ねず、フィリッ プも何も言いませんでした。その家の男主人のように扱われ、アンのお陰で元気になったフィリップは、礼を言って家を出て行こうとします。フィリップのため に用意された寝具を抜け出て、パジャマを着替えて、スリッパを脱ぐ。その一つ一つ動作がアンとの別れを示しています。この家を出たら暗黒街のボスとの対決 が待っており、生きて帰れないかもしれないのですから。アンは口は閉ざしたまま、フィリップの動作を切ない目で見つめ、見送りました。アンはフィリップが 何も説明しなくても全てを分かっていたのです。なぜなら、フィリップが事件が解決して再びアンの元に戻ってきたとき、アンは言うのです。「ねえ、もうキス をしてもいいでしょう。」と。

他にもベルマとマロイの恋愛と、グレイル氏の妻への愛の表現もありますが、この小説の中ではキスどころか手さえ繋がないから、現代っ子のcollegeのクラスメートには分かりにくかったようです。

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