2009-04-30

Seong Buk Dong

Korea townにあるレストラン。小さなお店は4人席が4つ、2人席が3つしかなく、Hちゃんによると地元の韓国人でいつもいっぱいになるそうです。

Hちゃんお勧めのBraised Mackerelは鯖の味噌煮ならぬキムチ煮。酸っぱさと辛さのバランスの整ったキムチが鯖の脂をさっぱりとさせています。太く輪切りにした大根に鯖の味が染み込んでいました。

鯖の味噌煮だけでもご飯の進むのに小皿料理(パンチャン)も豊富で甘いの、辛いの、酸っぱいの、苦味のあるものと味を変えてあり飽きがきません。小皿は芋の煮っ転がし、茶碗蒸し、海草サラダ、ごまめ、白菜キムチとキュウリの酢の物でした。小皿が空くとお代りを持ってきてくれます。

もう一つのお勧めBroiled Fishは日によって魚が変わります。この日ははたはたでした。新鮮な白身の魚を遠火でこんがり焼いてあり、ぱりぱりの皮に箸をつけると身がほろほろとほぐれます。
魚には豆腐と野菜の小さな鍋もついてます。鍋は魚の出しの味がする澄んだスープです。

田舎の親戚の家にお邪魔したような気取らない雰囲気で居心地の良いお店です。1品大体9ドルから12ドルでご飯がつきお腹がいっぱいになります。

2009-04-25

The Farm of Beverly Hills

The Grove/Farmers Marketの中にある小さなレストランです。

注文したのは2皿。
Dressing Maple Baked Salmon Salad Maple(Baked Salmon, Watercress, Baby Greens, Apples,
Pecans, Cherry Tomatoes, Chilled Grapes & Maple Honey Mustard Vinaigrette Salmon)
リンゴとぶどうの甘酸っぱさがクレソンの苦味を消して、良い香りが鼻から抜けていきます。グリルされた鮭は脂がのっており、お酢の酸っぱさが口をさっぱりさせてくれます。

Bread BBQ Beef Brisket(Beef Brisket, Grilled Onions, Jack Cheese& BBQ Sauce on a French Roll)
たっぷりの肉汁をカリカリに焼かれたフランスパンが吸って、パンが食べやすくなっていました。焼かれたたまねぎの甘さがバーベキューソースを引き立てています。

土曜日の昼下がり。お店は家族連れでほぼ満席。
お値段が少々張るのは場所柄当然でしょう。それに伴う料理の質なので納得して払えます。

テラス席で通りを行き交う人を眺めながら、室内で雑誌でも読みながら、ゆったりとした午後を過ごすにはうってつけのお店です。

2009-04-23

名前考

4月23日発行の週刊文春で「先生が名前を呼べない子供たち」(太田宏人)のルポがあったらしい。

取り上げられた難読名の例を挙げれば、
奏人→タクト、光舞→テルマ、月→ライト、獅人→レオト、大虎→タイガ、星穏→シオン、遥空→ハルク、琉煌→ルキヤ、怜音→レイン、瑠楓→ルカ、望来→ミライ、伶音→レノン、來夢→ラム、心暖→シノン、煌羅→キラ (mixiニュース、4月24日)
日本語の音と漢字の組み合わせの範囲で、親も工夫して子供の名前をつけています。

先生が名前を呼べないのを基準に名前の良し悪しを判断するのには疑問があります。

ここアメリカは移民の国。いろいろな国から来た人が集まって住んでいます。社会の縮図である学校もその例に漏れず多様な名前を持つ子供が通っています。
そのため、ある先生はまず出席簿にある名前を読み上げてから生徒に訂正を求めたり、ある先生は生徒に自己紹介をさせてその発音を繰り返したりと、最初の授業で出席を取る際に先生は生徒に「正しい名前の読み方」を求めます。
タイのような長い名前を持つ国の人やギリシアやロシアのような英語にはない発音が名前にある国の人は、予め呼び名を用意していることもあります。例えば、グレゴリアスをグレッグにと。
先生だけでなく友達も名前を覚えて2度目の授業からは名前を呼び合い親愛を深めます。
名前を呼ぶことは対象の人と人間関係を持つ第1歩と考えると、自己紹介や呼名で工夫をすればよい話です。

どの親も生まれてくる子供の名前を真剣に考えます。呼びやすい名前をつけて周囲に親しみを持ってもらいたい。漢字に意味を込めて幸せな人生を送ってほしい。いろいろな願いを込めて名づけをするのです。
子供の名前の工夫は日本だけではありません。逆に、工夫の仕様のない社会習慣のある国もあります。
誕生月や曜日によってつけられる名前が決まっている国(地域)、何代前か分からない祖先の名前を引き継いでいる子供もいます。
どんな名前をつけようとも親にも共通しているのは、その子供が健やかに育ち、良い人生を全うしてほしいという思いです。

願わくば、名づけた親が名前を考えたときの気持ちを持続して、名前が活きる人になるように子育てをすることです。親の仕事は名づける前から始まっており、名づけはゴールではありません。

2009-04-21

Sweet Potato chips

Trader Joe's(トレーダージョーズ)のサツマイモチップスはRidge Cut(ぎざぎざカット)でぱりぱりした歯ごたえがあります。
2%の塩味がさつまいもの甘さを引き立てています。油っぽくない仕上がりで一袋丸ごと食べてしまいそうになります。
ジャガイモのチップスよりもサツマイモチップスのほうがお気に入りです。

2009-04-15

Butter Waffle Cookies

Trader Joe's(トレーダージョーズ)のバターワッフルクッキーはベルギー製。
さっくり焼かれたクッキーが舌に解けるとバターミルクのこくが口に広がります。
紅茶にもコーヒーにも合います。
子供のころに食べたミルクボールを思い出させます。

2009-04-14

Hop Li (合利)

Westside Pavillionを西に向かってVeteran Aveにある中華料理店です。

ご近所さまのEさんとそのお母さんRさんに注文を任せました。Rさん家族は1970年からずっとこのお店の常連でいろいろ試した結果のお勧め料理があるようでした。

Eさんの好物は西汁合桃蝦(Shrimp with Honey Glazed Walnut)。海老のマヨネーズ和えよりもあっさりとしていて、大きくてぷりぷりの海老が甘かったです。

EさんとRさんがこのお店に来ると必ず頼むという酸辣湯(Hot&Sour Soup)。酸っぱさと辛さが程よく、豆腐、たけのこ、ねぎと野菜が入った具沢山のスープでした。

Rさんのお気に入りは鼓椒帯子(Scallop with Garlic&Black Bean Sauce)。あっさりとした貝柱に豆味噌が香ばしく絡みにんにくの香りが食欲をそそります。

白飯(Steamed Rice)がとまらないおかずは魚香茄子(Eggplant with Spicy Garlic Sauce)。油通しをした茄子をにんにく味噌で和えた中華風茄子田楽をご飯にかけて食べました。

一品はお野菜ものをとRさんの注文は千扁四季豆(Hot Braised String Beans)。インゲン豆をぽりぽりと歯ごたえよく炒めていました。

どの品も二人が自信を持って勧めるだけあり、文句なくおいしかったです。また、行きたいお店です。

2009-04-08

大黒屋

リトル東京にあるラーメン店。

開店11時を見計らって入店しました。
私たちが席に座って注文するころには満席になり、更に食べ終わって出て行くときは店の外に行列ができていました。
人気店のようです。

ラーメンとカツ丼を注文しました。
ラーメンはとんこつスープに太目の麺でチャーシューとメンマとモヤシ、それと煮卵が入っていました。浮き身に散らされたたくさんのネギの青さが白く濁ったスープのアクセントになっていました。
カツ丼は分厚いお肉に薄めの衣でご飯とカツの間に程よい甘さになった玉ねぎがぎっしりと挟まっていました。衣にはたれが染みていて、ご飯は柔らかめに炊かれていました。
私はカツの衣がサクサクのままご飯にのっているほうが好みです。それに丼のご飯は固め。これは好みの分かれるところでしょう。

私は日本のラーメンを食べつけていません。ラーメンってこんなもの?と思いながら食べていました。
ラーメンの評価は人それぞれ。味噌、塩、醤油、とんこつのスープ、細麺、太麺、ちぢれ麺の麺の種類と歯ごたえ、具ものり、卵、メンマ、チャーシューと組み合わせで何種類も出来る変幻自在の食べ物を評価するなんて難しい。

大雑把な感想はボリュームにKO負けです。
朝を食べずに行き、ラーメンとカツ丼を夫とシェアしたのに、夜までお腹一杯。結局夜ご飯が食べられませんでした。

2009-04-05

Knowing

現代版「ノアの箱舟」話。
子供たちが裸足で駆ける金色の原っぱが、私の目には「風の谷のナウシカ」のオームの触覚の上に乗ったナウシカを思い出させました。

ジョン(ニコラス・ケイジ)は愛妻を失って以来、一人息子のケイレブが生きがいです。ケイレブは難聴で補聴器をつけています。囁き人の声は選ばれし人のケイレブにしか聞こえません。その大切なメッセージを含んだ囁きをジョンは補聴器の不調の所為にします。親の心子知らずでジョンもケイレブも二人を繋いでいた母親を亡くして以来、関係がぎくしゃくしています。ケイレブが眠る前の手話「二人は一緒、永遠に。」を唯一の絆として、1日1日を過ごすのです。

映画のテーマは家族愛です。
親子の間の小さな誤解やすれ違いがあっても、互いを信頼する心と愛があれば困難や心配ごとを乗り越えられると言っています。